
中央:溥儀、右:張謙和
第六話「天無二日」
中華民国の皇帝になった袁世凱は、溥儀を親王に封じるという。一族の存亡は袁世凱に掛かっているため、その話を受けるよう皇太妃は説得するが、溥儀は「皇帝は僕だ」と聞き入れようとしない。両親も説得を試みたが失敗。皇太妃に「(皇帝を)こんなに甘やかして」となじられ、清朝の終わりを前に失意した溥儀の母親・瓜爾佳氏は、アヘンの飲んで自害する。教師の陳宝琛は、清朝再興のため、今は耐えるよう溥儀を説得する。
1916年6月、国内外から批判を集めた袁世凱は悲悶のうち病死。溥儀は紫禁城を出る必要がなくなり、生活も元に戻った。ある日溥儀は、康熙帝の誕生日が大和殿で祝われる様子を描かれた巻物を見たが、大和殿を含む三大殿が国民政府の管理下にあると知らされ、ショックで寝込んでしまう。
1917年、袁世凱を欠いた国民政府は分裂。その隙を縫い、元帥の張勲が清朝復辟に尽くすため北京へと赴いた。
溥儀の母親・瓜爾佳氏は気の毒と言う他ありません。2歳の子供を取り上げられて、その後碌に会っても居なかったのに、その子供の躾のことでなじられるとは。お母さんが必死に説得してたのに、ここでもお父さんの醇親王はまともに話せずじまい。役立たずです…orz
祖母の劉佳氏は、完全にボケてしまったようで、うわごとのように溥儀を呼び続けて可哀想でした。本を読むと、まともな性格の彼女は、西太后とはかなり仲が悪かった模様。妹の息子や溺愛していた孫を取り上げたのは、嫌がらせの意味もあったのだろうかと思ってしまいました。
共和制のはずなのに皇帝になるってどうなの?と思ったら、袁世凱は「中華帝国」にしていた模様。当然、国内外から批判の嵐です。しかしこんなところで亡くなるとは、意外と神経が太くなかったんですね。「83日の天下」ということでしたが、即位してから亡くなるまで半年はあります。どうやら3月頃に退位したようです。
私は最近、溥儀の「わが半生」を読了したばかりなので、本作の大半が「わが半生」をヒントとしていることはよくわかりました。
紫禁城の西太后の部屋などが異様に狭く、アパートの一室みたいなセットは勘弁してもらいたいです。
今後も更新、楽しみにしてます。